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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)12570号 判決 1986年7月22日

原告

原清

原桂子

右両名訴訟代理人弁護士

弘中惇一郎

被告

西濃運輸株式会社

右代表者代表取締役

田口利夫

右訴訟代理人弁護士

東谷隆夫

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右指定代理人

田中庸夫

外三名

主文

一  被告西濃運輸株式会社は、原告原清及び同原桂子に対し、それぞれ二一八万二七〇九円及びこれに対する昭和五六年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告西濃運輸株式会社に対するその余の請求及び被告東京都に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告らと被告西濃運輸株式会社との間に生じたものはこれを四分し、その一を被告西濃運輸株式会社の、その余を原告らの負担とし、原告らと被告東京都との間に生じたものは原告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告原清及び同原桂子(以下順次「原告清」、「原告桂子」という。)に対し、それぞれ九二七万一四〇〇円及びこれに対する昭和五六年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告西濃運輸株式会社(以下「被告会社」という。)

(一) 原告らの被告会社に対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  被告東京都(以下「被告都」という。)

(一) 原告らの被告都に対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外原康士(以下「康士」という。)は、昭和五六年一二月二三日午後四時一五分ころ、東京都大田区東六郷三丁目二三番五号先の都道(以下「本件都道」という。)四二四号線上(以下「本件事故現場」という。)において、同区東六郷三丁目二六番六号所在のメガロン東六郷マンション正面入口前広場付近から本件都道を挟んだ向い側の同区東六郷三丁目二三番五号所在のそば屋「加勢家」方向へ向けて本件都道を横断中、折から本件都道を第一京浜国道方面から産業道路方面へ向けて進行中の訴外石川和宏(以下「石川」という。)運転の普通貨物自動車(品川一一あ八四一一、以下「加害車」という。)にはねられ、胸腹腔内臓器損傷により即死した(以下「本件事故という。)。

2  責任原因

(一) 被告会社の責任

被告会社は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告都の責任

本件事故現場は、前記のとおり、被告都が管理する本件都道四二四号線上であるところ、本件事故当時、本件都道の設置又は管理には、歩行者の安全確保の点で左記のような瑕疵があり、それが原因となつて本件事故が発生したものであるから、同被告は、国家賠償法(以下「国賠法」という。)二条一項に基づき、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

(1) 本件都道は、本件事故現場の西方をほぼ南北に走る第一京浜国道に通ずる幅員約六メートル、片側一車線の道路で、右国道との分岐点から本件事故現場に至るまでの間は、東方に向かつて左に大きくカーブして見通しが悪いうえ、下り勾配になつていて、通行車両が少しでもスピードを出し過ぎると極めて危険な道路状況にあつた。

他方、本件事故現場は、本件都道の北側に面して所在するそば屋「加勢家」の西側の道路(以下便宜「本件路地」という。)と本件都道とが交差する地点(以下適宜「本件交差点」ということがある。)にあり、その南側には多数の住民が居住するマンションが所在する一方、北側にも住宅街や商店街が広がり小学校もあるため、付近住民の多数が本件路地を利用して頻繁に本件事故現場の都道を横断していた。

しかるに、本件事故現場には信号機はもとより横断歩道も設置されておらず、また、右交差点の存在を警告する何らの措置も講ぜられていなかつた。

(2) 右に加えて、本件事故当時、本件事故現場に近い第一京浜国道六郷橋付近で道路工事が行われていたため、本件都道をバイパスとして利用する車が多数本件都道へ流入し、第一京浜国道へ向かう車線は大変な渋滞を呈していた。その結果、本件事故現場の交差点を横断しようとする住民は、渋滞する車の間を縫つて行くことにならざるをえず、歩行者に対する危険は一層増大していたにもかかわらず、本件都道においては警察官による交通規制や交通整理などは全く行われていなかつた。

以上のとおり、本件事故当時、右のような種々の危険が放置されていた本件交差点及びこれを含む付近一帯の本件都道には、その設置又は管理につき瑕疵があつたというべきである。

3  損害

(一) 康士の逸失利益 二二八四万二八〇〇円

康士は、本件事故当時満八歳の健康な男児であつたから、本件事故に遭遇しなければ、平均余命の範囲内で満一八歳から満六七歳までの四九年間平均的労働者として就労が可能であつたものと推定される。そこで、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表学歴計・産業計・企業規模計による男子労働者の全年齢平均賃金に昭和五九年のベースアップの平均四・四パーセントを掛け合わせた金額を基礎とし、ライプニッツ方式に従い年五パーセントの割合で中間利息を控除したうえ、生活費控除率を五〇パーセントとして同人の逸失利益を算定すると、次の計算式のとおり、二二八四万二八〇〇円を下らない。

(計算式)

三九二万三三〇〇円×一・〇四四×一一・一五四×(一−〇・五)=二二八四万二九七四円(一円未満切捨て)

(二) 相続

原告清は康士の父、同桂子はその母であり、いずれも康士の相続人であるから、同人から右損害賠償請求権をそれぞれ二分の一ずつ相続した。(一人当たり一一四二万一四〇〇円)

(三) 慰謝料 合計一四〇〇万円

康士の死亡により原告らが父母として受けた精神的苦痛は甚大であり、これを慰謝するためにはそれぞれ七〇〇万円の慰謝料をもつてするのが相当である。

(四) 葬儀費用 合計七〇万円

原告らは、葬儀費用として右金額をそれぞれ二分の一ずつ負担した。

(五) 損害の填補

原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から二〇〇〇万円の支払を受け、これを一〇〇〇万円ずつ各自の損害に充当した。

(六) 弁護士費用 合計一〇〇万円

本件事故と相当因果関係がある弁護士費用は一〇〇万円を下らず、原告らは、これを二分の一ずつ負担した。

4  結論

よつて、原告らは、被告ら各自に対し、それぞれ九二七万一四〇〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五六年一二月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告会社

(一) 請求原因1(事故の発生)の事実並びに同2の(一)(被告会社の責任)の事実及び被告会社の責任はいずれも認める。

(二) 請求原因3(損害)の事実のうち、(一)(康士の逸失利益)及び(三)(慰謝料)の金額を争い、(四)(葬儀費用)及び(六)(弁護士費用)は知らない。同3の(五)(損害の填補)は認める。

2  被告都

(一) 請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

(二) 請求原因2(被告都の責任)について

(1) 前文のうち、本件事故現場が、被告都が管理する本件都道四二四号線上であることは認めるが、その余の主張は争う。

(2) (1)及び(2)の事実のうち、本件都道が第一京浜国道に通ずる片側一車線の道路であること、本件事故現場南側には多数の住民が居住するマンションが所在する一方、北側にも住宅街が広がつていること、本件事故現場には信号機や横断歩道は設置されておらず、また、本件交差点の存在を警告する措置は何も講じられていなかつたこと、本件事故当時、第一京浜国道六郷橋付近で道路工事が行われていたため、第一京浜国道へ向かう車線が多数の車で渋滞していたこと、本件都道においては警察官による交通規制や交通整理などの措置が行われていなかつたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

(三) 請求原因3(損害)の事実はいずれも否認する。

三1  被告都の主張

本件都道には、駐車禁止、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止、最高速度時速三〇キロメートルの指定及び道路両側の路側帯による各交通規制がなされており、また、車道と路側帯とを遮断するガードレールが一部に設置されていたほか、本件事故現場から産業道路方向に約六八メートル離れた地点には信号機及び横断歩道が設置され、第一京浜国道方向に約五二・四メートル離れた地点にも横断歩道が設置されているのであるから、歩行者や車両の運転者が安全な通行を心がけていれば、具体的な交通の危険が発生するおそれのない道路であり、何らその設置・管理に瑕疵はない。

本件事故は、要するに、石川が、車道幅員の狭い本件都道の対向車線に渋滞のため連続して停車中の車両側方を通過するに当たり、前方左右はもちろん、右停車中の車両間を注視し、その安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と進行した過失と、康士が、本件都道を横断するに当たり、本件都道を走行する車両の状況を確認せず、右停車中の車両間から石川運転の加害車の直前に飛び出すという重大な過失とが相まつて発生したものであるから、本件事故と原告らが主張する信号機その他の施設の未設置及び交通規制の未実施とは何ら因果関係がないものである。

2  被告都の主張に対する認否及び主張

本件都道に、駐車禁止、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止、最高速度時速三〇キロメートルの指定及び道路両側の路側帯による各交通規制がなされていたこと、車道と路側帯とを遮断するガードレールが一部に設置されていたこと、本件事故現場から数十メートルの地点に二つの横断歩道が設けられていたこと、石川が、車道幅員の狭い本件都道の対向車線に渋滞のため連続して停車中の車両側方を通過するに当たり、前方左右はもちろん、右停車中の車両間を注視し、その安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と進行した過失により本件事故を発生させたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

本件都道の両側には路側帯が設けられていたものの、車道と路側帯とを遮断するガードレールがごく一部にしか設置されていなかつたため、多数の車が路側帯上に違法駐車しており、その一部は完全に路側帯の通行を不可能にしていた。また、路側帯に駐車車両がない部分も、マンションや寮の駐車場出入口になつているため、車両の出入りは激しかつた。このため、本件事故現場から第一京浜国道方向へ約三〇メートルのところに信号機のない横断歩道が、逆方向へ約六八メートルのところに信号機の設置された横断歩道がそれぞれ設けられていたが、本件事故現場付近の住民が、路側帯を通行して右横断歩道まで行くことは著しく困難であつた。

四1  被告会社の抗弁(過失相殺)

本件事故当時、本件都道の産業道路方向から第一京浜国道方向へ向かう車線は大変な渋滞であつたところ、康士が、本件都道を横断しようとして、右車線に連続して停車していた車両の間から反対車線を走行していた石川運転の加害者の直前に小走りに飛び出したため、本件事故が発生したものである。したがつて、原告らの損害額の算定に当たつては、康士の右過失及びその親権者であり康士に対する監督義務者である原告らの過失を斟酌すべきであるが、右被害者側の過失は少なくとも五〇パーセントを下らないから、原告らの損害は、自賠責保険から受領した保険金によりすべて填補されているというべきである。

2  被告会社の抗弁に対する認否及び主張

本件事故当時、本件都道の産業道路方向から第一京浜国道方向へ向かう車線が大変渋滞していたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

石川は、本件事故当時、加害車を運転して第一京浜国道方向から本件事故現場へ向けて走行してきたものであるところ、反対車線は大渋滞で多数の車両が停車していたうえ、本件事故現場付近は本件都道が左にカーブしているため、左右の見通しが悪かつた。また、本件事故現場の右側はマンションの入口、左側は住宅地を結ぶ本件路地との交差点となつており、本件都道を通り慣れていた石川も、付近住民が本件事故現場付近の本件都道を横断することが少なくないことを知つていた。したがつて、石川には、本件都道を横断する人がありうることを予想して前方左右を注視するとともに、時速三〇キロメートルの制限速度を厳守し、センターラインからある程度余裕を持つて慎重に運転すべき注意義務があつたものである。しかしながら、石川は、右注意義務を怠り、助手席の同乗者との話に夢中でわき見をしたうえ、制限速度を数キロメートル越える高速度でセンターラインぎりぎりを走行したため、本件交差点を歩いて横断しようとしていた康士に気付かず、反対車線の車両の状況を確認するため、渋滞していた停車車両の間からわずかに体を出した康士に衝突したものである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(事故の発生)の事実は、原告らと被告会社及び被告都とのいずれの間においても争いがない。また、原告らと被告会社との間では、同2の(一)(被告会社の責任)の事実及び責任の所在についても争いがない。

したがつて、被告会社は、自賠法三条に基づき、本件事故により原告らが被つた人身損害について賠償すべき責任がある。

二そこで次に被告都の責任原因について判断する。

1 請求原因2(被告都の責任)の事実のうち、本件事故現場が、被告都が管理する本件都道四二四号線上であること、本件都道が第一京浜国道に通ずる片側一車線の道路であること、本件事故現場南側には多数の住民が居住するマンションが所在する一方、北側にも住宅街が広がつていること、本件事故現場には信号機や横断歩道は設置されておらず、また本件交差点の存在を警告する措置は何も講じられていなかつたこと、本件事故当時、第一京浜国道六郷橋付近で道路工事が行われていたため、第一京浜国道へ向かう車線が多数の車で渋滞していたこと、本件都道においては警察官による交通規制や交通整理などが行われていなかつたことは、いずれも原告らと被告都との間に争いがなく、右争いのない事実に、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 本件都道は、第一京浜国道から分岐し産業道路に通ずる車道幅員六・七メートルの道路で、車両の通行量は相当に多い。なお、石川は、普段から業務のために本件都道を頻繁に自動車を運転して走行しており、本件事故もその際のものである。

(二) 本件事故現場付近の本件都道は、勾配もほとんどなく平坦で、形状もほぼ直線に近く、走行車両から前方に対する見通しは良い。また、右道路の両側には路側帯が設けられている。

(三) 本件都道の周辺には、マンション、アパート及び個人住宅などが密集し、これらの間を縦横に走る幅員の狭い道路が本件都道に多数交差しており、本件事故現場から北東方向へ一二・八五メートルの地点にも、本件都道に北西方向から幅員三・三メートルの道路が交差する交差点がある。

(四) 本件事故現場は、本件都道の北側に面したそば屋「加勢家」とアパートの幅二・七メートルの細長い路地様の空地(原告らが道路と主張する本件路地部分)と南側に面したマンションの駐車場中央付近とを結ぶ線上にある。

以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 ところで、<証拠>により認められる本件事故当時の右路地の状況に照らすと、右は路地とはいうものの「加勢家」横の空地と呼ぶのが適切な形状であり、車両の通行が認められるような土地でないことはもとより、一般の歩行者の利用に供されていたものとも認め難い。原告らは、付近住民の多数が本件路地を利用して頻繁に本件事故現場の本件都道を横断していたと主張するが、原告桂子本人の供述に照らしても、本件路地は「加勢家」の私有地で、近隣住民が所有者の黙認の下に便宜いわゆる近道として利用していたにすぎないことがうかがわれ、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

してみると、本件路地は道路交通法(以下「道交法」という。)二条一項一号にいう道路には該当せず、したがつて、本件事故現場は同条同項五号にいう交差点に該当しないことが明らかであるから、本件事故現場が道交法上の交差点であることを前提とし、その設置又は管理に瑕疵があるとする原告らの右主張部分は既にこの点において失当である。

また、原告らは、本件事故現場付近一帯の本件都道に設置又は管理の瑕疵があつたと主張するが、本件事故当時、本件事故現場付近の本件都道を横断する歩行者にとつて本件都道を走行する車両と衝突するなどの危険が存在していたとしても、それは住宅街に位置する本件都道の沿線に居住し又はその付近を通行する歩行者全般に共通した通常予想されうる危険性であつて、本件事故現場が、本件都道の沿線上の他の地点に比較して特に高度の危険性を有していたとは認め難いうえ、本件都道に、駐車禁止、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止、最高速度時速三〇キロメートルの指定及び道路両側の路側帯による各交通規制がなされていたこと、車道と路側帯とを遮断するガードレールが一部に設置されていたこと、本件事故現場から数十メートルの地点に二つの横断歩道が設けられていたこと(<証拠>によれば、本件事故現場から第一京浜国道方向へ約五二・四メートルの地点に信号機のない横断歩道が、産業道路方向へ約六八メートルの地点に信号機のある横断歩道がそれぞれ設置されていたことが認められ、康士においてもこれらを利用して横断することに格別の支障はなかつたものというべきである。)も原告らと被告都との間に争いがないところ、右のような本件都道全般にわたる交通規制や本件事故現場周辺の信号機及び横断歩道の設置状況に前記認定事実を総合すると、本件都道の設置又は管理については、本件事故現場の状況及び本件都道の周辺環境全体を考慮しながら歩行者に対する安全にも相応の配慮が払われていたと認められ、本件事故現場に信号機、横断歩道又は交差点に準じて何らかの警戒標識を設置していなかつたことをもつて、本件都道を利用する歩行者の安全確保の点で道路が通常有すべき安全性を欠いていたものとはいえないから、右主張もまた理由がなく、採用することができない。

さらに、原告らは、本件事故現場付近の車道と路側帯とを遮断するガードレールがごく一部にしか設置されていなかつたことをもつて瑕疵に当たると主張するが、ガードレールは違法駐車を阻止することを主目的として設置されるものではないし、前記認定のとおり、本件事故現場の南側はマンションの駐車場に面していたのであるから、路側帯への車両の進入を完全に阻止するような状態にガードレールを設置することは不可能といわざるをえず、原告らの右主張は理由がない。

またなお、原告らは、本件事故当時、本件都道の第一京浜国道へ向かう車線が多数の車で渋滞していたにもかかわらず、警察官による交通規制や交通整理などが行われていなかつたことをもつて国賠法二条一項所定の瑕疵に当たると主張するが、同項にいう道路の管理とは、道路の物的性状の側面に着目し、その維持、修繕及び保管等をいうものであつて、警察官の行う道路上の規制措置はこれに当たらないと解すべきであるし、前記認定の事実によれば、右のような車の渋滞のための警察官による交通規制や交通整理が行われなければ、歩行者が安全に本件都道を横断することができなかつたとは認められないから、原告らの右主張も失当というべきである。

以上のとおりであるから、本件都道の設置又は管理上の瑕疵をいう原告らの主張は、いずれも理由がなく、採用の限りではない。

三進んで、原告らの損害について判断する。

1  康士の逸失利益 二二七三万六三一三円

<証拠>によれば、康士は、本件事故当時満八歳の男児であつたことが認められるところ、本件事故に遭遇しなければ、康士は、経験則に照らし、一八歳から六七歳までの四九年間平均して賃金センサス第一巻第一表集計の学歴計・産業計・企業規模計による男子労働者の全年齢平均賃金と同程度の収入を得ることができたものと推認することができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、昭和五九年度における右平均賃金四〇七万六八〇〇円を基礎とし、生活費を五割控除し、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算出すると、次のとおり二二七三万六三一三円(一円未満切捨て)となる。

(計算式)

四〇七万六八〇〇円×〇・五×一一・一五四=二二七三万六三一三円

2  相続

康士は右損害賠償請求権を有するところ、<証拠>によれば、原告清は康士の父、同桂子はその母であり、いずれも康士の相続人であることが認められるから、原告らは、康士からその損害賠償請求権をそれぞれ二分の一ずつ相続したものである。(一人当たり一一三六万八一五六円、一円未満切捨て)

3  慰謝料 合計一一〇〇万円

原告清が康士の父、同桂子がその母であることは前記認定のとおりであるところ、右原告らと康士の身分関係、康士の年齢その他本件に現れた諸般の事情を合わせ考慮すると、康士が死亡したことに対する慰謝料は、原告らについてそれぞれ五五〇万円と認めるのが相当である。

4  葬儀費用 五〇万円

弁論の全趣旨によれば、康士の葬儀費用のうち、五〇万円が本件事故と相当因果関係がある損害と認められ、原告らはこれをそれぞれ二分の一ずつ(一人当たり二五万円)負担したものと認められる。

5  過失相殺

<証拠>によれば、本件事故現場付近の道路状況は前記二に認定のとおりであるところ、本件事故当時、本件都道の産業道路方向から第一京浜国道方向へ向かう車線が相当な渋滞を呈していたことは原告らと被告会社との間で争いがなく、また、<証拠>を総合すると、石川は、加害車を運転して、本件都道のセンターライン寄りを第一京浜国道方向から本件事故現場へ向けて時速約三〇数キロメートルの速度で走行していたところ、本件事故現場の南側に面しているマンションに住む友達との遊びを終えて帰宅しようとした康士が、本件都道を横断しようとして、本件事故現場南側の路側帯から渋滞のため停車中の車両の間を抜けて加害車の直前に小走りに飛び出したため、これを発見した石川が慌てて急制動の措置を講じたが及ばず、加害車の前部バンパー右側前部を康士に衝突させて死亡させたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告らは、石川が、助手席の同乗者との話に夢中でわき見をしたため、本件事故現場の本件都道を歩いて横断しようとしていた康士に気付かず、反対車線の車両の状況を確認するため、渋滞していた停車車両の間からわずかに体を出した康士に衝突した旨主張し、原告桂子本人もこれに沿う供述をするが、原告桂子本人の右供述部分は、前記甲第六号証によれば、加害車の前部バンパーの右端から約四〇センチメートルの地点を中心に康士と衝突したことによるものと推認される払拭痕が存在し、康士が、本件事故直前に少なくともセンターラインから約四〇センチメートルは加害車の走行車線に入つていたものと推認される事実と前掲証人石川和宏の証言に照らし、たやすく信用することができないというほかない。

そこで、右事実に徴して判断するに、石川は、車道の幅員が六・七メートルと比較的狭く、しかも住宅街の中心に設置されている本件都道を走行するに際し、本件事故当時、石川の反対車線が大渋滞で多数の車両が停車しており、進路右側の見通しが悪かつたうえ、前記石川和宏の証言によれば、かかる場合に停車車両の間を縫い本件都道の横断を試みる者のあることを知見していたのであるから、かかる横断者のあり得ることを予想して前方左右を注視するとともに、時速三〇キロメートルの制限速度を厳守することはもちろん、センターラインからある程度左側に寄り、右事態の出現に対応できるだけの余裕を持つて慎重に運転すべき注意義務があつたにもかかわらず、これを怠り、制限速度を数キロメートル越え、かつ、センターラインぎりぎり付近を走行した過失により、本件事故を発生させたものというべきである。

他方、石川に右のような過失があるとはいえ、本件康士のごとく停車車両の間を縫つて突然飛び出してくる者のあることまで予測して走行すべき注意義務はなく、渋滞車両の間から横断を試みた康士においても、反対車線の走行車両の有無等安全を十分確認し、本件のごとき事故の発生を防止すべき注意義務があつたというべきであるから、右義務を怠り、前記認定のとおり、反対車線の走行車両の有無を確認しないで加害車の直前に小走りに飛び出した康士にも、本件事故の発生に寄与した過失があるというべきである。また、原告桂子の本人尋問の結果によれば、康士は、本件事故以前にも自転車に搭乗して車両の前に飛び出し長期間の治療を要する交通事故に遭遇していることが認められ、それにもかかわらず再び本件のような飛出し事故を引き起こしていることに弁論の全趣旨を合わせて考察すると、康士を監護、教育すべき原告らにおいて、康士に本件のごとき態様の横断を行わせないための指導、教育が十分ではなかつたものと推認せざるをえないから、原告らにも本件事故の発生に寄与した過失があるというべきである。そこで、右認定に基づいて、双方の過失を勘案すると、本件事故の発生についての過失割合は、石川が七割、康士及び原告らの被害者側が三割とするのが相当である。

そこで、原告らの前記損害賠償請求権の全額(それぞれ一七一一万八一五六円)から、右認定の過失割合に従い三割を減額すると、それぞれ一一九八万二七〇九円(一円未満切捨て)となる。

6  損害の填補

原告らが、自賠責保険から二〇〇〇万円の支払を受け、これをそれぞれ一〇〇〇万円ずつ自己の損害に充当したことは、原告らと被告会社との間で争いがない。

したがつて、原告らの残損害額は、それぞれにつき一九八万二七〇九円となる。

7  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは、本件訴訟の提起及び遂行を原告らの訴訟代理人に委任し、右代理人に対して相当額の費用の負担を約したことが認められるところ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額その他諸般の事情に照らすと、弁護士費用として被告会社に損害賠償を求めうる額は、原告らのそれぞれにつき二〇万円(合計四〇万円)と認めるのが相当である。

四以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、被告会社に対し、それぞれ二一八万二七〇九円及びこれに対する本件事故の日である昭和五六年一二月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからいずれもこれを認容し、被告会社に対するその余の請求及び被告都に対する請求は理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎 勤 裁判官藤村 啓 裁判官潮見直之)

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